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貫主が栄村震災復興記念館を視察しました
2024/09/18
栢木貫主が、長野県北部地震被災地・長野県栄村で祈祷、新潟県津南町で参拝
令和6年9月10日、栢木寛照貫主は、「2011年長野県北部地震」の被災地・栄村の栄村震災復興祈念館を視察、被災者のご供養、村の発展、防災を祈祷しました。
栢木貫主は、令和5年11月に天明3年(1783年)浅間山大噴火被災地・群馬県嬬恋村鎌原を、現役の善光寺貫主として等順大僧正以来240年ぶりに訪れ、浅間山大噴火の被災者供養を執り行いました。
本年3月25日の「等順忌」では、能登半島地震の犠牲者の供養と復興を祈願し、「等順大僧正の精神を受け継ぎ、被災した方々を供養するのは善光寺の使命である。 先頭に立って、人々の心の救済をしたい」と記者会見にて発言致しました。
地震、台風が頻発している状況で人々の不安を取り除き、平和を祈り、心の平穏や安定に導くことは善光寺の使命であり、等順大僧正の民衆救済の精神を引き継ぎ、善光寺の地元・長野県内の被災地で祈祷したいとかねてから希望しておりました。
東日本大震災の翌日に発生した「2011年長野県北部地震」の被災地・栄村は、大きな災害が相次ぐ中で忘れられているのではないかと危惧しておりました。
この日、「栄村震災復興祈念館」を訪問した栢木貫主は、栄村の宮川幹雄村長様から当時の被災状況と、復興の歩みを伝える展示をご説明頂きました。
その後、全国の皆様から届いた応援メッセージの前に御札を立て、復興祈念館に集まられた村民の皆様が見守られる中、被災者のご供養、防災、村の繁栄を祈りました。
栢木貫主は、等順大僧正の民衆救済の精神を受け継ぎ、被災した方々の心を慰める役割を、今後も体力の許す限り続けたいと語りました。
この後、栢木貫主は、新潟県津南町の津南観光物産館に創建された「越後双輪神社」遷座祭の導師を務めました。津南町・見玉不動尊先々代住職の信州善光寺長臈・村上光田大僧正が、見玉不動尊の信徒会から「オートバイ神社」を創建したいという相談を受け、「越後双輪神社」と命名したのが御縁です。
村上大僧正は、兄弟子である叡南覚照千日回峰行大行満大阿闍梨の弟子にあたる栢木貫主に神社の話をしたところ、江戸時代の天明大飢饉にて民衆救済に尽力された等順大僧正が十日町で開国開帳を実施した、善光寺としても御縁が深い地区ということもあり、住職を務める比叡山慈光院にある殿舎を、双輪神社の新殿として津南町に遷座いただいた御縁です。
栢木貫主は、越後双輪神社遷座祭の後に、比叡山焼討ちで残った仏像二体が安置されている津南町の古刹・見玉不動尊(後鳥羽天皇の時代の文治2年(1186年)創建)を参拝しました。